『不易流行と武士道 令和元年~ウイルス療法Ⅲ~』

 処暑の候、皆様におかれましては益々ご活躍のことと存じます。
 おかげ様で第5回がん撲滅サミット入場エントリーを8月27日(火)午後3時より開始いたします。皆様のエントリーを心からお待ちしております。

 今大会から4名様まで登録可能となりましたので、御家族やご友人をお誘いいただき11月17日(日)午後1時、東京ビッグサイト7階 国際会議場でお会い致しましょう。

 さて、2019年8月19日に日経バイオテクが配信した『Transgene社 肝臓癌に対するウイルス療法のフェーズⅢで中止勧告』という記事があった。

 これはフランスTransgene社が行ったウイルス療法の肝臓がんに対するフェーズⅢの中間解析について独立デ-タ監視委員会が有効性なし、と判断したことを指している。2019年8月12日のことだ。

 これに関して、日本の藤堂具紀教授が推進するウイルス療法の治験も第Ⅲ相(二重盲検など)までやるべきだ、いや1年生存率ではなく5年生存率で評価すべきだなどの意見も上がっているとのこと。

 しかし、フランスの治験で使っているのはpexa-Vec、つまりJX-594と呼ばれるウイルスで、わかりやすくいえば天然痘を撲滅したワクチンの有効成分ワクシニアウイルスのことだ。

 最近では天然痘を使ったバイオテロに備えるためアメリカの軍人に対して投与されることで知られている。ワクチンを接種しても天然痘を引き起こすことはないが、たまに免疫抑制状態の人を中心に合併症や重大な副作用が起こることがある。

 これに対して日本の藤堂具紀教授が開発したウイルスはG47Δである。
 これは第2世代の増殖型遺伝子組換えウイルスG207をバージョンアップしたもので、もともとは昔からがんに対して有効と判断されていた単純ヘルペスウイルスⅠ型が土台になっている。わかりやすくいえば、口唇などにできる水ぶくれを引き起こすのがヘルペスウイルスだが、G47Δはがん撲滅のためだけに、それをハイブリッドに改良したものだ。

 もっと言えば藤堂教授のG47Δは、これまでの第2世代型のG207の安全性をさらにアップさせたうえ、抗がん作用を一層ハイグレードにしており、第3世代の遺伝子組換えヘルペスウイルスと呼ばれている。つまりフランスが行なっているウイルス療法のワクシニアウイルスとは性能をまったく異にするものである。

 しかも基礎実験をしたところG47Δは、これまでの第2世代だったG207に比較して約10倍の抗がん効果を上乗せしたものだということが判明している。加えて藤堂教授は遺伝子加工することにより「がんのみを撃退」し、さらにウイルスそのものに様々な機能を与えることに成功している。
 いわば、既存のウイルスをコントロールしてがんを撃退する優れた治療なのだ。

 ここで藤堂教授の治験について誤解があると良くないので、ウイルス療法に触れておこう。

 もともとがんとウイルスの関係は1870年代にさかのぼる。

 このとき米国の外科医で悪性腫瘍、すなわちがんの研究家だったウィリアム・コーリーは溶血性連鎖球菌、つまり丹毒に感染したフレッドというがん患者(肉腫)の腫瘍が消失したことに目をつけた。

 彼は、この溶血性連鎖球菌を使ってがんが倒せると判断し、1891年にゾラという扁桃及び咽頭にがんが発症した患者に意図的に溶血性連鎖球菌に感染させたのである。すると、ゾラは8年半もの長きにわたり命を永らえたのだ。

 これは一体、何が起きたか、といえば溶血性連鎖球菌に感染したことでゾラの免疫システムが活性化し、ついにがん細胞の攻撃を開始したのである。
 そして、ウイルスの副作用によってがん患者が亡くならないようにウィリアム・コーリーは副作用を抑えるための工夫を凝らし溶血性連鎖球菌を中心とした改良型のワクチンを作り、これを用いて患者の治療に当たったのである。

 これが今日、コーリーワクチンと呼ばれる世界最初のウイルスを使った免疫療法なのである。

 以来、抗がん剤の出現によってウイルスを用いたがん治療は今日まで衰退していくことになるが、もともとウイルスを使った免疫療法はがんに有効だということが19世紀には、すでに判明していたのである。

 そして2000年代に入ってラトビア(旧ソビエトに属していたEU加盟国)で開発したRIGVIRと呼ばれるウイルス、米国のテキサス大学で2004年に開発された風邪ウイルスの一つ、アデノウイルス、またヘブライ大学の鳥に感染するニューカッスル病ウイルス、天然痘撲滅に貢献した前述のワクシニアウイルスと呼ばれるJX-594などのウイルス療法が次々に開発されてきたのである。

 先のフランスの治験で使われたのが天然痘撲滅に貢献したワクシニアウイルスに遺伝子組み換えを施したJX-594だ。

 こうしたなかで世界で最も先頭を走っていると高く評価されているのが藤堂具紀教授によって前述のようにバージョンアップされた単純ヘルペスウイルス使用のG47Δなのである。

 では、そもそも単純ヘルペスウイルスⅠ型がなぜ他のウイルス療法に比べてがんに有効なのか?
 そのメリットはおよそ9つある。

①がん治療に特化した遺伝子組換えウイルスとして最も早く開発されたこと。

②ほとんどの種類のヒト細胞に感染できること。

③ここが重要なのだが、どのウイルス療法で用いられるウイルスよりもがん細胞を殺す力が強い。

④たとえ万が一副作用が出ても抗ウイルス薬があるので、治療を中断することができる。

⑤様々な治療遺伝子をウイルスに組み込むことができる。ということは個々の患者に適したウイルスでの治療や更なるバージョンアップが期待できるということだ。

⑥ヘルペスウイルスそのものに対して引き起こす免疫反応が比較的小さい。
 つまり副作用を起こしにくいということだ。

⑦先に解説したウィリアム・コーリーのウイルスを使った免疫療法と同じようにヘルペスウイルスの投与によって、がんに対する免疫が活性化されるため抗がん作用が相乗的に高まる。

⑧免疫を介して離れた部位のがんにも作用する。
 これこそが、がん撲滅サミット2016の大会長だった鈴木義行教授(福島県立医科大学)が世界で初めて放射線治療のなかで、それまで唱えられていた理論を実証してみせたアブスコパル効果なのである。これが発揮されるというのだ。

⑨たとえばG47Δそのものに対する抗体を持つ人がいても、がん治療の効果が弱くならないのである。つまり万が一、再々発や転移をしたとしても再び治療に入れるということだ。

 以上をご参照いただければ、ヘルペスウイルスによるがん治療効果をはるかにグレードアップさせた藤堂教授のG47Δ。これこそがんを退治することに特化した、まさにがん撲滅に向け得た切り札の一つであることがおわかりいただけるであろう。

 しかも、今回の治験はPMDAとも綿密な打ち合わせをしたうえで、もっとも難易度が高い、手術や放射線治療を行っても再発・進行した膠芽腫(悪性脳腫瘍の1つ)の患者が対象とされたのである。

 いわば、藤堂教授のチームは最も難しい治験にチャレンジしていたのである。もっといえば大手製薬会社が絡まない医師主導による治験だったのだ。これがいかに容易ではないことか、医療者ならすぐにわかるだろう。

 しかも単純ヘルペスウイルス1型を使った治験で悪性脳腫瘍に対して有効性を示したのは今回が世界で初めてなのである。そして、ここを勘違いされては困るのだが、今回の治験の最大の目的は「安全性を確認する」ことなのだ。

 これについてはPMDAも治験開始前に了解していることであり、今回の治験結果によってそのことは十分証明されている。

 というのもG47Δ投与後に副作用として発熱があったのは16名のうち2名だけ。それも入院期間を延長しただけで済んだのである。それはそうだろう、もともと口唇に水ぶくれを引き起こすヘルペスウイルスなのだから。

 しかも単純ヘルペスウイルスⅠ型は元来、神経細胞に潜り込んでヒトと共存することのできるウイルスであるため、慢性的に炎症を起こしたり、がんを引き起こすことは知られていない。つまり悪さをしないのである。

 おまけにG47Δの場合は、がん細胞以外では増えることはできないのだ。そして今回の第Ⅱ相臨床試験では最大6回の腫瘍内投与を行ったところ、治療開始から1年経過した患者13名において1年生存割合が92.3%という奏効率を叩き出したのである。

 いわば、どの治療法も成し得ない難関に対してG47Δは安全性はおろかズバ抜けた成果を実証してみせたのである。

 さて、ここまで説明すれば、もう、十分だろう。

 繰り返そう。今回の治験は、当初、PMDAも了解したうえで安全面を確認しようというもので、安全面ばかりか、むしろ抗がん剤が成し得なかった高い有効性さえ示されたのだ。

 しかも対象は極めて重度の難病患者の方々なのである。

 これを今さら二重盲検だ、大事なのは5年生存率だ、なんだと日本、いや世界の患者が待望する治療法を世に出さないことに執着するとは一体どういう了見なのだと私は言いたい!

 患者にとっては一日一日が重要なのだ。もう手はありません、と医師から投げ出された重篤な患者が一年以上も人生を歩めるのだ。どこにケチをつけたり、不服があるというのだ。

 加えて藤堂教授のウイルス療法は先駆け審査制度の対象である。一日も早く患者に届ける責務がPMDAにはあるはずだ。絶対に患者の命を軽視してはいけない。

 しかもPMDAの重鎮に特定の領域の専門家がいるというが、もう自分たちの治療領域ファーストというのはやめた方がいい。

 PMDAの重鎮と例の傘下のグループの方々に、はっきり言っておこう。

 あなたたちが膠芽腫に対してG47Δと同じ92.3%を越える奏効率が叩き出せるかどうか、これから一切大手製薬会社を絡ませずに医師主導で治験に取り組んでみるといい。

 また他のウイルス療法でそれだけの効果を出せるのかを今からでも遅くはない。PMDA独自にチェックしたらいいだろう。

 そして長年、生産方法について藤堂教授から指導を受けてきた「生産担当企業、もっとしっかりしろ!」と言いたい。

 患者の皆さんを助ける責務が、あなたたちにあることを決して忘れてはならない。熱くなっているのではない。冷静にお願いをしているのだ。

 なぜなら、がん撲滅サミット2016に本来、登壇する予定だった脳幹グリオーマの坂田捺乃さんのことはがん撲滅サミットの大会パンフレットでもご紹介させていただいているので、ご存知の方も多いだろう。

 当時、彼女は14歳だった。そして坂田捺乃さんのご両親から相談を受けた私が依頼した主治医は、G47Δのウイルス療法の治験が受けられないか、と東京大学に打診してくれたのだ。しかし、そのときは取り決めで成人のみが対象だとして治験を受けることができなかった。

 だが、14歳の坂田捺乃さんは「自分ではなく他の子どもたちのために藤堂先生にウイルス療法を成功させてほしいです」と願って天に召されたのである。藤堂具紀教授のG47Δを待っているのは大人だけではない。病院にいる、あの小児がんの子どもたちもそうなのだ。

 日本人よ! 理不尽な、がん医療に対して、そろそろ行動を起こそう。声を上げよう。将来の子どもたちのためにも、だ。

 特に希少がん、難治性がんの患者には時間がない。私ががん撲滅を目指すのはがん患者の皆さんに社会で活躍できる時間をできるだけ長くお持ちいただくためである。

 そして、これ以上、公益に資する覚悟もないのであれば、PMDAも企業も看板を下ろした方がいいのではないだろうか。

 このことをお願いして、なお一層、彼らに奮起を促したい。

 追伸、実は日本にはすでに第Ⅱ相の治験を終えて2019年3月、PMDA に対して承認申請を行ったウイルス療法がある。名前はHF10、現在はC-REVと呼ばれるものだ。

 これは藤堂教授の遺伝子加工をしたG47Δに比べて遺伝子工学的な改変を一切していない自然変異のウイルスである。今は両者の性能がどうこう言うつもりはない。

 ただし、その治験は国立がん研究センター中央病院ほかが担当したものであり、ここは現在のPMDA重鎮の出身母体でもある。

 一方、国立がん研究センター東病院が治験を行っているのは風邪のウイルスの一種であるアデノウイルスを使ったウイルス療法である。遺伝子パネル検査の一件や、光免疫療法に対する考え方においてもそうだが、中央と東のライバル関係はつとに知られている。

 日本初のウイルス療法の承認という事実は大きいのだろう。そこに名誉が伴うのだということは容易に察しがつく。だが、あえて公的人物だからこそPMDA重鎮にアドバイスしておこう。

 古来、李下に冠を正さずという。よもやそうした事情から藤堂具紀教授のG47Δだけが抗がん剤同様にプラセボ効果を試すための二重盲検を迫られているわけではあるまい。

 誤解を招くような言説は中立かつ公的立場にある人物は気をつけられた方がいいだろう。

 大事なのは患者の方々へ優れた治療法を一日も早く届けること。それがPMDAの社会的使命だ。

 そのうえで私はPMDAを信じたい。
 立ち止まるなPMDA! 立ち止まるな日本!!

中見利男拝

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