『不易流行と武士道2022』~希望・追伸~

 初夏の候、皆様におかれましては益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。

 本日は「希望」というテーマでお手紙をお届け致します。

 長期間にわたり休筆をしており、HPの更新も久しぶりのことだ。

 というのも心筋再生シートの手術などを受け、静養を余儀なくされていたからだ。

 その間、ロシアのウクライナ侵攻が起こり、国際情勢が大動乱に叩き込まれ、国内でも不可思議な事件や悲惨な事件、自殺が相次いだ。

 この国から希望が失われていく。

 これが私の受けた率直な印象だった。

 これまで走ってきた軌道が突然消え、いったい自分がこれからどこを目指せば良いのか、多くの人が混乱を極めている。

 軌道を希望と言い換えても言い。

 それは人類に希望を説くはずの精神世界でも起こっている。

 たとえば、ウクライナを巡る戦争は、もはや第3次世界大戦前夜の様相を呈している。

 政治はもちろん軍、経済などプーチン大統領は総力を挙げてウクライナを掌中に収めようとしているが、メディアはそのことを盛んに論じている。だが肝心なことは同じ神を信仰している人々の間で、この戦争が繰り広げられているということだ。

 それはキリスト教の内部における戦争である。

 そもそもキリスト教は東西ローマ帝国の分裂によりローマ・カトリック教会(西ローマ帝国)と現在のトルコにあるコンスタンティノープル教会(東ローマ帝国)の2つの代表的協会が拠点となっていた。ところがローマ・カトリック教会、いわゆるバチカンに反発した人々がプロテスタント教会、東方にギリシャ正教会、ロシア正教会を設置。ロシア正教会はモスクワ総主教を戴いたことで、モスクワを拠点とすることになった。

 もっともソ連共産党の時代には弾圧が繰り返され、ロシア正教会の教勢も衰えたが、ソ連崩壊後は勢いを増し、ウクライナ正教会などを勢力下に収めていった。だが時を経てモスクワ総主教に反発したウクライナの人々は2018年12月20日に新生「ウクライナ教会」を創設。

 これをトルコのコンスタンティノープル教会が承認したことからモスクワ総主教vsウクライナ教会を含むトルコのコンスタンティノープル教会の対立構図が世界に波及することになる。

 そして今、ロシア人もウクライナの人々もイエス・キリストに敵国の敗北と祖国の勝利を願っているのである。

 実におかしな話だ。

 確かにイエスの教えにはいくつもの解釈が成り立つが、一つの宗教を信仰する人々が敵味方に分かれて命を懸けて戦うことを、果たして本当に神は望んでいるのだろうか。

 この世界から希望の光が消えてゆく。

 砲弾の飛び交う戦争だけではない。もっと直截に言えば、「命」を軽く見る人々が確実に増えているということだ。

 たとえば、精神世界だけではない。命を救う医療の世界もそうだ。

 医療者なら目の前の患者の命を救うために全力を尽くすべきだろう。

 事実、私の心臓の主治医チームは八方手を尽くして私を救出しようと知恵をひねってくれている。彼らは決してあきらめたりしないだろうと私は心強く思っている。

 ところが、がん医療はどうだ?

「もう手がありません。あとは緩和で」と冷たく突き放され、希望を失う人々がいる。

 同じ命を持った人間同士なのに一方は死をいたずらに肯定し、もう一方は生を求めている。

 同じ人間同士なのに奇怪な話だ。もちろん医師は万能の神ではない。

 だからこそ言おう。

「もう手がありません」ではなく、「私にはもう手がありません」だろう。だから、このあとどうするのだ? 他の治療法の専門家に救いを求めたことがあるのだろうか。それもせずに目の前の患者に余命を宣告してみせるというのか。

 チーム医療は一体どこにあるというのだ?

 ピンポイント放射線や免疫療法などの専門外の医師も参加してこそのチーム医療だろう。

 人は機械ではない。感情を持った生き物なのである。

 がん医療ひとつ取ってみても、この国から波が引くように希望が失われていくのを感じている。

 そんな時だった。

 再生医療分野で世界的発見をした1人の女性研究者A教授から連絡があった。

 今、開発しているA教授の治療法が国の審査機関の理不尽な対応によって窮地に陥っているというのだ。この治療法は脳梗塞で倒れた人たちや家族にとって「希望」そのものだといわれている。

 それはがん患者にとっても福音そのものだ。

 なぜなら、がん細胞はムチン、サイトカインなど血管や心臓内部に血栓ができやすくする物質を放出しており、この血栓が血流に乗り、脳にたどり着くと脳梗塞を引き起こすからだ。

 その他にも放射線や抗がん剤などで血栓ができると、やはりこれも脳梗塞の引き金になる。つまり、がん患者にとって脳梗塞のリスクは常につきまとっているのである。

 この治療法が世に出れば、がん患者を悩ませる脳梗塞の問題にも希望の光が差し込むだろう。

 事実、この女性研究者のもとにはこの治療法で治してほしい、という家族からの切実な問い合わせが100件を超えており、研究者自身、地獄のような心境に陥っているというのだ。

 聞けば、治験結果も非常に良好なデータを示しており、申し分ない。だが審査機関は事もあろうに安全性と有効性が認められれば付与できる条件付早期承認さえ認められないというのである。

 私の心の中で、ふいにウイルス療法G47Δのことが思い出された。

 あれも相当、審査機関から不可思議な対応を取られたため、なかなか世に出なかった治療法である。まるで、あの審査機関は日の丸創薬を認めるどころか、封殺にかかっているのではないか、とさえ当時思ったものだ。

 しかし、私が把握した状況を鑑みるとG47Δよりもひどい扱いをこの治療法は受けているようだ。

 患者のご家族のことを考えたとき、私にはその審査機関があえて反日的行動を取っているのではないか! という怒りがこみ上げてくるのを感じた。

 一方は生を望んでいるのに、一方は平然とそれを断ち切ろうとしている。まったく治験結果が思わしくないものなら、ここまで書くことはない。

 ともあれ、1時間ほど研究者の話を聞いて相談内容をすべて把握した私は「大丈夫、これから不可能を可能に変えていきましょう。遅ればせながら参戦しますよ」とだけ研究者に伝えて電話を切った。

 人生は泥の中から輝くばかりの希望を見つけ出す旅そのものだ。

 そして静養を続けてきた私自身、患者さんの希望のために泥のような体調の中から再び立ち上がる時が来たようだ。

 大丈夫。A教授! 希望の光はいつもそこにあるのだから。

 皆さんのご健康とご活躍を心よりお祈り申し上げます。

追伸、7月8日凶弾に斃れた安倍晋三元総理のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 ご生前のインタビューでも一つひとつの質問に丁寧にお答えいただき、礼を尽くしてお見送りいただいたことを昨日の出来事のように思い出しています。たとえ命を絶たれても、これから彼は歴史に生きるのです。

中見利男拝

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