初夏の候、皆様におかれましては益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。
おかげ様で前回の『風穴を開けろ!』に反響をいただきまして誠にありがとうございます。
ここで改めてウイルス療法G47Δの開発者 藤堂具紀教授(東京大学医科学研究所)をはじめとする関係者の皆様、承認に向けてご尽力いただいている厚生労働省、PMDAの関係機関の皆様には心より御礼申し上げます。
さて、今回は『風穴を開けろ! Ⅱ』を掲載させていただきます。
2021年5月27日付の『デイリー新潮』の配信記事は多くの人々に衝撃をもたらした。
それは新型コロナウイルスの治療薬として治験が続いているアビガンに対して、中国人民解放軍が『用途特許』を出願し、同国の国家知識産権局(CNIPA)が特許を認めたというものだ。
これによって今後、最悪のシナリオとして日本国内で新型コロナウイルスの治療にアビガンを使用する際にも人民解放軍の許可がいるのではないか、という事態が想定されているという。
私はこれから、こういう事態が医療面で頻繁に起こるのではないかと危惧している。
というのも、前述の一件とは別に厚生労働省とPMDAはこれまで積極的に中国と医薬品分野での交流を重ねており、日中薬局方フォーラムをはじめ複数のパイプで中国との情報共有や人材育成を進めているのである。
もちろん中国以外にもインド、オーストラリアなどの国々とも医療面での協力関係は構築されているのだが、先のアビガンの件から今回は、中国との関係をクローズアップさせていただく。
さて、確かにこうした医療分野の国際交流活動は国際貢献、医療を通じた平和活動として私は評価してはいるし、中国との交流を否定するものではない。
だが、昨今の欧米を中心とした自由主義と中国に代表される共産主義との過激な対立の中で、これまでのような中国に対する日本側の無防備、無自覚な交流のやり方では、むしろ国益に対して甚大な副作用をもたらすのではないだろうか。
なぜなら真の友好とは、双方が是々非々の関係にならなければならないからだ。
具体的に言おう。
2016年9月13日、東京で日中両国の政府関係者によって国際的な文書2通に中国語と日本語、そして英語による署名が行われた。
当事者は、日本の厚生労働省と中国の中国薬局委員会である。文書のタイトルは『中国薬局方委員会と日本国厚生労働省間の薬局方の分野における協力覚書』というものだ。
薬局方とは中国の医療行政を司る部門だが、上記文書の目的は「薬局方の基準設定において関係を強化し、協力を促進することである」とあり、日中双方の医療行政部門がスタンダードの構築を目指して協力していこうというものだ。
もちろんこの覚書が国内法や国際法上において拘束力を持つものではない、という断りの一文はあるにはある。
だが、この覚書を管理し、相互に連絡を取り、協力に必要な情報を交換するために連絡先として指定されているのは、中国側は中国薬局方委員会、一方の日本側は厚生労働省とPMDAの2つの機関なのだ。
そして両国の具体的な協力方法とは「薬品各条及び試験方法の開発に関する経験並びに情報を共有するために、各国において対面の二国間会合を原則年一回開催し、ワークショップ及び人材交流に協力する」というものだ。
つまり大まかに言えば日中両国の医薬品の治験情報、理念、手法などを双方で共有しようということだろう。もちろん覚書だから柱となる文言だけ記載されているだけで、具体的に日中双方で交換される情報の詳細までは判明しない。
さて、大事なことはここからだ。この中国の国家薬局方委員会とは日本のPMDAと同じく医薬品審査センターを擁する機関で、同じ医療と関わりのある中国の国家衛生健康委員会とも密接な関係を持つ組織だ。当然、両委員会は一体である。
そして、この国家衛生健康委員会(国家薬局方委員会)は中国共産党政府の最高国家権力執行機関・中国国務院を構成する重要な機関である。
この中国国務院の要こそが国防部で、この国防部の傘下に先の人民解放軍が存在している。そう、前述のアビガンの用途特許が承認された組織である。
では、なぜ中国人民解放軍がアビガンという医療に関する用途特許を実行したのだろうか。
答えは2021年4月28日付の人民解放軍の機関誌の中にある。そこに今後、人民解放軍は情報セキュリティ確保のために、①金融、②情報、③産業、④輸送、⑤医療等を網羅していくということが記されているのだ。
さらに2020年10月の中国共産党中央委員会では、今後、人民解放軍の機械化・情報化・知識化を加速的に融合発展させるということが採択されている。
つまり今回の中国人民解放軍によるアビガンの用途申請の一件とは、中国が改めて世界に向けて『医療と軍事は表裏一体』であると宣言したに等しい出来事なのだ。
当然、前述の覚書に出てくる中国薬局方委員会も中国共産党の重要な部門であり、中国薬局方委員会(医療)と中国国防部(軍事)は一体というわけだ。
繰り返すが、前述の覚書にあるような情報の共有については、それがどこまでの範囲かは指定されていない以上、PMDAや厚労省を通じて中国は堂々と日本の創薬の具体的な状況やPMDAへの各企業、各研究者、各研究機関の申請内容を入手することも可能なのである。
そんなことはない、と否定される関係者もいるだろうし、今のところその可能性は100%ないと言い切る人もいるだろう。
だが、こうした覚書の締結によって今後は、たとえば日本のがん医療に関する創薬の情報が中国側に筒抜けになる恐れがあり、日本側が承認申請及び審査期間にいたずらに時間をかけていると、あっという間に中国に出し抜かれる可能性がある。
だからこそ日本も緊急時には緊急時の薬品・医療機器の承認体制を構築することが重要だと私は、これまでこのHPでも主張してきたのである。
今回のアビガンの用途特許の一件でもわかるように、今や中国は堂々と軍事と医療は一体であることを主張し始めたのだから日本側も従来の慣習通り国際交流という視点だけで覚書を締結していて良いのか、という疑問も浮上してくるではないか。
逆に言えば、今回のアビガンの一件をきっかけに、こうした覚書についても冷静になって見直す良い機会と捉えることができないだろうか。
幸い日本政府もAIや量子技術などの先端技術については対中輸出規制の検討を進めているのだが、そこに今後は医療も加えるべきではないだろうか。
たとえば、極論かもしれないが、この覚書を放置してルーティンのように情報交換を進めていけば、承認申請にかかわる専門的な立場の人物や関係者の中には無自覚に機密情報を流してしまったり、中国を利するために動いているグループが承認審査機関に紛れ込んでくることはないのか。当然、国民の疑問の目が今後、益々そこに向けられることになるだろう。
事実、今や中国の軍事戦略は実弾を飛ばさない戦争、すなわち見えない実弾を飛ばす頭脳戦争にシフトしており、相手国の民衆の脳や思考、思想、心情に働きかけて、これをコントロールすることで、やがては世論を動かし、相手国の政府の路線をも操ろうという新しい戦争へとシフトしているのである。
これらは「世論戦」「法律戦」「心理戦」の三つに分類され、特に米国はサイバー空間を主戦場とした中国のこの「三戦」に警戒を強めている。
たとえば医療面に、この世論戦が導入された場合、影響力のある医師グループにメディアやSNSで、ある先端的な治療法を木っ端みじん、完膚なきまでに叩かせて攻撃を仕掛けることで、結果として世論から異端に追い込まれた薬品、医療機器を中国が、まんまと承認という形のスティールを行ったあげく、ついには日本側が使用する際にも逐一中国の顔色を窺い、許可を求めなければならなくなる恐れさえ想定されるのだ。
治験を終えて安全性が確認されていたウイルス療法G47Δにしても、もし承認の見通しが付かないままダラダラと審査を続けていれば、やがてアビガンと同じ憂き目にあったに違いない。なにしろ合法的に医療・治験情報を共有してよいという覚書が日中両国によって交わされているのだから。
もちろん、2016年9月の段階では中国もこうした顔を前面に出してくることはなかったので、まさに国際交流、国際貢献の色合いを打ち出して覚書を交わしたのだろうが、今や中国が医療を軍事の柱の一つと位置づけてきた以上、日本側の医療情報や治験情報が中国によって軍事利用されないように警戒したり、注意深く交流を行うという知識と知恵がますます求められることになる。
幸いにして、この覚書は「本覚書は書面による双方の同意によって変更することができる」となっており、5年ごとに更新が行われ次回は2021年9月13日までにもう一度、覚書の締結を見直すことができるようになっている。
そこで提案だ。
今後は覚書上で、たとえば治験データを早期承認のために共有するにしても日中の医療情報の範囲を事前に限定するなり、当面の間、凍結することも可能ではないだろうか。
もっと言えば日本政府も、これまで日中両国医療関係機関の間でどういう情報共有が行われたのかを検証し、何もなければそれで良いが、もしも機微情報のやり取りがあったようなら先の先端技術の輸出規制同様にガイドラインを早急に決めておく必要があるのではないだろうか。
特に日本発の先端的な治療法や医療機器の承認が一向に進まない現状についても、そこに特定の国への忖度がないかどうかについても、ぜひ検証を進めていただきたい。
そのうえで私は専門委員の中にも特定の利権や、特定の国の思想、政治を審査に持ち込む人物がいないことを期待している。
繰り返そう。
今や中国は医療情報と軍事は一体であることを内外に宣言しているのだ。
もし、日本の創薬やがん医療の前に立ちはだかる巨大な壁が、日本国民や患者の皆さんではなく軍事と医療の一体化を進める特定の国を一方的に守るために築かれたものなら、我々は今後、政府を挙げて益々そこに風穴を開けていかねばならないだろう。
なぜなら真の平和外交は、その壁の向こう側にあるからだ。
新型コロナウイルスにくれぐれもお気をつけて、皆様健やかにお過ごしいただけますと幸いです。
中見利男拝